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 このブログでは,CONFLEXと呼ばれる 計算化学システムの開発陣が,計算化学を応援するための記事と,それと無関係(?)なネタや画像(写真)をアップしていく予定です.





 内容はどうしても化学者向けが中心になるので,一般の方には化学業界用語(?)などちょっと難しいかもしれません.けど,できるだけわかりやすく書いていきたいと思います.



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ということで,最新記事をどうぞ↓↓↓

2007年7月24日火曜日

「電子相関??」

 メチルアントラセン(図1)の精密な回転線の観測が行われるようになってきました。そのため回転ポテンシャルを精密に計算する必要が出てきました。分子の対称性から考えると、図2の180°と150°が重要な構造であることが判ります。

  



 図3が電子相関を含まないHF計算によるポテンシャル面です。基底関数は6-311G**です。メチルの回転角を除くすべての構造パラメータは最適化されています。180°が最安定構造で150°は遷移状態です。


 一方、図4はHFの構造を用いたMP2計算の結果です。MP2には2体の電子相関が入っています。こちらでは150°が最安定で180°が遷移状態になっています。計算方法によってポテンシャル面の形状が大きく違います。

 さて、図5は電子相関が中途半端に入っている密度汎関数法のB3LYP計算によるポテンシャルです。162°辺りが最安定で150°、180°ともに遷移状態になっています。なんだこりゃあ!!

 さて皆さんはどれを信じます???うーん。


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2007年7月15日日曜日

「並列計算のシミュレートって??」

 前回のCONFLEX iNSIDEは...

 前回,「並列計算をシミュレートする」ことで計算精度低下を避けることができる場合があることをお知らせしましたが、具体的にどうすればよいのかというお問い合わせがありました。なので、ベクトルの内積計算の例をお示ししましょう。以下を試してみてください(FORTRAN90で書かれていますので,C調な方は適切に書き換えてくださいね)。






 このプログラムの上は内積計算をナイーブに実行し、下は内積を(並列計算のように)部分和をとって計算します。これにより、並列計算する(部分和を取る)ことで、情報落ちと丸め誤差の取り込みを少なくできる事がわかります。もちろん、誤差の集積の仕方は計算機によって違ってきます。ああ数値計算は奥が深い・・・。

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2007年7月1日日曜日

「多様な情報の中から」

 近年のインターネットの発展と携帯電話の普及を背景に,10年前には考えられなかったほどの多様な情報が容易に手に入るようになってきました.特に,情 報へのアクセス方法としての携帯電話の普及が,情報の多様性と容易な取得を実現しました.情報量の増加とともにその質のバラエティな広がりも,全くのウソ から高度な学術的なものまで実に多様です.そのため,膨大な量の情報から自分が必要とする情報を得るために多くの労力が必要となりました.思えば太古の昔 からこの10年ぐらい前までは,必要な情報を集めるための手段を持つことが重要で,多くの文献を保存する図書館が重要な情報拠点でした.ところが,現在は 状況が全く変わり,多くの情報から本当に必要な少数の情報を効率的に選択し,集約する手段が必要となってきました.特に現在では,質の高い情報の確保と概 要の抽出技術に対するニーズが高まっています.


 こういった膨大な情報からのエッセンス抽出の要求にいち早く対応したのがアメリ カで,YahooやGoogleに代表される検索エンジンや,類似性の高い情報の存在場所をまとめたデータベース(DB)があります.検索エンジンについ ては日本でもこのような技術の重要性がようやく認識され,10年以上も遅れて,政府主導で検索エンジンの開発が進められようとしています.


 計算化学の分野はこのような状況の到来をいち早く予想し,日本でも20年以上も前から質の高い情報を集約したDBを開発し公開してきました.計算化学に関係の深いDBとして,量子化学データベース(QCDB)研究会と分子科学研究所が20年の長きにわたって開発・公開している量子化学文献データベースQCLDBが あります.この文献DBは,対象が非経験的分子軌道計算の論文に限られていますが,論文の題名とページ,要旨のみが収録されているのではありません.この DBには論文中で計算された分子,物性,計算方法,計算精度などが計算化学分野の研究者によって,集約・翻訳され,DBの情報だけで論文の内容と質が大体 分かります.QCLDBが開発される前は,イギリスのリチャードを代表とするグループが同様の情報を出版していました.その当時,大野公男諸熊奎治を中心とする日本のグループは,インターネットと計算機の急速な発展を予想し,質の高いコンテンツをネットワークを通じて世界に発信することをポリシーとしてQCLDBの開発を始めました.ちなみにイギリスのグループは,日本のグループの活動を知るや否やその活動をやめてしまいました.当時の日本のグループの素晴らしい慧眼には敬服します.今でも計算の前にQCLDB検索というのが筆者の研究スタイルです.


 QCLDB開発は科学研究費の 補助を受けて開発が進められてきましたが,残念なことに2005年に突然補助が一部打ち切られました.その理由は「QCDBの役割はすでに終わった」とい うことでした.ああ,なんと言うことでしょう!!世界が質の高い情報の選択と集約の重要性を認識し,QCLDBと同様なポリシーを持つDBが作られ始めよ うとしているときに,これは全く逆の方向です.ああ,もったいない!


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2007年6月24日日曜日

「分子軌道法の計算精度」


 大規模計算は一般に膨大な演算量を必要とするためその解の信頼性には仮数部のビット数が大きく影響しています。現在、殆どの分子軌道プログラムでは他の科学技術計算と同様に倍精度実数計算を採用していますが、生体高分子のような大きな分子の場合にはそれで十分な精度をもった解が得られるという保証はありません。


 図に基底関数の増加に対する分子軌道法の計算精度の変化を示しました。図中右上の点が打ってある領域は、倍精度(64ビット)の計算で、もはや1 kcal/molの精度が補償できなくなる領域です。左下の真ん中の線の上の4つの黒い点は炭化水素分子を皆さんがよく使っておられるプログラム3種で計算した物です。下の線は、並列計算をシミュレートしたプログラムで計算した物です。

 これを見ると計算機上での数値実験結果から、従来のフォック行列計算法では基底数が数千に達すると計算されるエネルギー値は化学的精度を満足できないこと、しかしながら計算アルゴリズムを工夫することによって大規模計算に必要な10,000基底程度の場合でも倍精度実数計算で化学的精度を満たすことが可能なことがわかります。


 もう何度か書いてきたように、20,000軌道の計算は手に届いています。いまこそ、新しい計算法や計算機の開発が望まれるときなのではないかと思います。なんかやらなきゃいけないことがいっぱいあります。はぁ。


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2007年6月15日金曜日

「分子の形と電子状態」


 計算化学の手法を用いることの一番のメリットは、分子構造の最適化でしょう。分子の安定構造は電子のエネルギーと核間反発エネルギーに関係します。例えばHAAH型の分子でも、アセチレンHCCHは直線ですし、ジイミンHNNHは平面形でCis-/Trans-の曲がった形をしています。過酸化水素HOOHになると平面形ではなく3次元的な構造を持ちます。このような小さな分子の形と電子状態の関係を定性的に説明するものに、Walsh則があります。これを表に示します。



















 図にGimarcによるAH2形の分子の結合角と軌道エネルギーの関係 (Walsh diagram) を示しました。原子価電子が4のBeH2は結合角が180度の方(直線形)が安定で、5のBH2は131度、6のCH2は136度、7のNH2は103度、8のH2Oは105度となり、原子価電子が増えると曲がっていきます。まあ、このくらいの大きさの分子ならパソコンで計算してしまった方が早いかもしれません。今は1千原子系の構造最適化も可能です。


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2007年6月3日日曜日

「電子状態の計算法」



 計算化学の基本は、量子力学に基づく系の電子状態計算です。特に分子系には、非経験的分子軌道法が、さまざまな機能性分子の設計や開発に対して最も基本的でかつ重要な手法となっています。その計算コストは一番簡単なハートリーフォック法でも、用いる基底関数の4乗に比例するため、生体内や固体表面での化学反応解析等の大規模系の電子状態計算には膨大な計算コストが必要になります。現在でも、研究者が研究室レベルで「現実を反映した大規模分子系」の分子軌道計算を実現することは容易なことではありません。 「現実を反映した大規模分子系」の分子軌道計算を「低コスト=パーソナルユース」で実現するためには、計算量を軽減するための近似法を取り入れ、さらに計算機の性能を飛躍的に向上させることが必要です。


 計算コストを軽減するため、必要な計算をまともにする代わりに実測値やモデルを用いて計算量を削減する方法があります。実測値をパラメータとして導入し計算コストの高い分子積分計算のコストを軽減する方法は、経験的分子軌道法、または半経験的分子軌道法と呼ばれます。多くの方法が知られていますが、スチュワートが開発したMOPACの中に含まれるAM1やPM3が有名です。この方法は演算量が大幅に軽減されるにも関わらず、炭化水素などの系では計算される物理量が実測値をよく再現することから、非常に広範囲に利用されています。またこの方法の究極がヒュッケル法です。ヒュッケル法は、知る人ぞ知る非常にエレガントな分子軌道法です。解析的な取扱いが縦横にできますし、その特性多項式の係数は分子の共役系の構造と結びつけられます。ただし経験的または半経験的分子軌道法は、実測が無い系や金属のように周辺の環境によって様々な状態を容易にとる系には利用できないことや、計算結果の信頼性にばらつきがあることがよく知られています。


 他方、ハミルトニアンに近似を導入することで、計算すべき分子積分自体を簡素化して計算量を軽減する方法もあります。この方法は、計算量や結果の信頼性などの面から非経験的分子軌道法と半経験的分子軌道法の中間に位置づけられています。この方法は経験的パラメータを陽に含まないことから、第一原理分子軌道計算または第一原理計算と呼ばれています。最近、電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする、密度汎関数理論に基づく第一原理計算が非常に多く使われるようになってきました。一番単純でわかりやすい第一原理計算法は、かのスレーターが開発したXα法でしょう。この方法の演算量は、基底関数のほぼ3乗に比例する演算量となります。第一原理計算は近似計算ですので、どのような近似(密度汎関数)を用いるかにより非常に多くのバラエティーがあります。つまり得意不得意があるということです。本法のご利用にはご注意ください。

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2007年5月27日日曜日

「軌道の3次元表示」


 Atomic Orbital Molecular Orbitalというのはそれぞれ原子軌道分子軌道と訳されますが、その軌道というのは我々が知っている古典力学の言うところの粒子の運動の軌跡ではなくて、雲のようなものです。化学では分子構造がその分子の性質と密接につながっていることから、その構造の3次元表示が非常に多くの情報を与えます。同様に化学反応はフロンティア軌道,すなわち最高占有軌道(HOMO)最低非占有軌道(LUMO)が重要ですので、分子軌道や静電ポテンシャルの3次元表示も非常に重要な情報を直感的に与えます。化学はトポロジーや3次元グラフィックスなどと非常に密接した研究領域なのです。こういった3次元表示には主に計算機がつかわれ、種々の可視化法がありそのツールも数多くあります。主なものは断面表示や等値曲面表示ですが、電子雲の柔らかなイメージとはかなり異なります。またその形状や関数値変化および節面の表現がなかなか難しいのです。最近、埼玉大学の時田先生や函館高専の長尾先生たちが原子軌道のユニークな表示方法を提案なさっています。それは、おみやげ屋さんなどでよくみられる、ガラス内レーザー彫刻を用いたものです。




 この3次元実体模型は、手にとって自由な方向から眺めることができ、原子軌道全体の形状や節面が容易にわかります。時田先生のご厚意で、1s,2s,3s軌道の3次元実態模型を示します。1sは節面が無くて、2sでは1つ、3sでは2つあることがすぐわかります。この模型は教材としても秀逸なものですが、オブジェとしてもとても美しく見事なものです。やっぱり自然は美しい。

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2007年5月19日土曜日

「大規模分子計算」



 近年の計算機の発達、特に高性能ワークステーションの発達と普及により、さまざまな科学技術分野において従来成し得なかった大規模計算が可能となってきています。このことは計算化学の分野においても例外ではなく、数年前までは数100基底の分子軌道計算でさえ多大な労力を必要としていたのが、現在はワークステーションクラスターなどの並列計算機環境を用いることにより、生体高分子などをターゲットとした20,000基底を超える分子軌道計算が行われつつあります。一番大きな分子軌道計算は、2005年11月に発表された光合成反応中心タンパク(下図)のもので、原子数2,0581、電子数77,754、基底数164,442 (6-31G*)といった計算規模です[1]。今ではもっと大きな系の計算だって実行されています。巨大分子系の非経験的分子軌道法の分野には日本人の研究者が多く活躍しているのです。


[1] Ikegami et al, "Full Electron Calculation Beyond 20,000 Atoms: Ground Electronic State of Photosynthetic Proteins", Proceedings of International Conference for Supercomputing and Networks, SC2005, Seattle, USA, November, 2005.






 大規模計算は一般に膨大な演算量を必要とするため、その解の信頼性には仮数部のビット数が大きく影響しています。現在、殆どの分子軌道プログラムでは他の科学技術計算と同様に倍精度実数計算を採用していますが、大規模分子の場合においてはそれで十分な精度をもった解が得られるという保証はありません。すでに、計算機上での数値実験結果から、従来のフォック行列計算法では基底数が数千に達すると計算されるエネルギー値は化学的精度を満足できないこと、しかし計算アルゴリズムを工夫することによって大規模計算に必要な10,000基底程度の場合でも倍精度実数計算で化学的精度を満たすことが可能であることが知られています。大規模計算には、計算の各段階において非常に注意深い実行が必要とされます。


 計算化学は合理的に医薬分子や材料分子を設計する際にも不可欠な手段ですので、現実に近い分子系を扱うことのできる大規模分子軌道計算の重要性は今後さらに増すものと期待されています。


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2007年5月10日木曜日

「分子構造」



 計算化学と一口に言っても、量子論的電子状態シミュレーション、古典力学的シミュレーション、モンテカルロシミュレーション、そしてデータベースからのデータマイニングをもとにした物性推算、およびQSAR(定量的構造活性相関)と多岐に渡ります。これは、原子分子から物質まで、固体液体気体、絶対零度付近の極低温から原子炉内のような超高温、宇宙空間のような高真空から内燃機関内の超高圧といったように、化学で取り扱われる現象の多様性を反映しています。このような多様な現象を小さな計算機一つで取り扱えるようになったのはすごい!ことで、そう古い昔ではありません。まだここ20年くらいのことです。


 計算化学を使えば実に様々なことが容易にわかります。例えば、MgCNやFeCNなど3原子分子なら、分子構造といった分子定数は、精密な非経験的分子軌道法を用いると、今の計算機を使って一ヶ月ぐらいでわかるのです。ところが、実験では1986年に観測が試みられてから20年が経過した今日まで、まだちゃんとした結果が出ていません


 突然ですが、分子構造で有名な話はカルベン(メチレン:CH2)です。CH2は、今では水と同じように曲がった構造をとることが広く知られています。ところが、この分子の構造(基底状態の三重項メチレン)が直線であるのか、曲がっているのかの論争が、40年くらい昔にありました。今手元に資料がないので正確なことは書けないのですが、簡単に言いますと...

 まずヘルツベルグが直線であると予言しました(ヘルツベルグは、その後にノーベル化学賞をもらった(1971年)ほどの大物です。)それで、まあ、いつの時代もそんな人はいるものですが...この大物の予言をサポートする実験の論文や計算の論文が出ました。ところが、当時たぶん20代のシェーファーが計算結果を基にCH2は曲がっているという論文を書きました...その後10年ぐらいの間に日本人を含むいくつかのグループで精密な実験が行われて...そしてシェーファーの方に軍配を上げました(その成果というわけではないですが、シェーファーはずいぶん若くして教授になっています。)


 CH2の構造の計算は、今ではノートPCでせいぜい2秒くらいでできてしまいますが、実験では限られたプロフェッショナルでも依然として最低3ヶ月程度はかかります。CH2の構造は、ポープル対ワトソン・クリックのDNAの2重らせん構造のようなノーベル賞に発展するような結果ではないのですが、知識と経験には乏しいが血気に逸る若者(計算化学)と、知識と経験に満ちあふれた温厚な老大家(実験化学)の競い合いの物語として記憶しています。計算化学がその価値を認知される過程での話です。


 若い人の足を引っ張るおやじではなく、若い人のあこがれの対象となるようなおやじになりたいな。


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2007年5月3日木曜日

もう一度「計算化学で求められる核電荷」

 前回のCONFLEX iNSIDEは...

 分子の性質を語る上で、分子中の核の形式電荷はとても重要な概念です。特に無機化学や錯体化学では非常に役立ちます。高校の化学でも鉄の3価と2価のイオンの色が違うとか教わりました。計算化学でも、いくつかの方法によって原子核周辺の電荷を簡単に計算が可能です。しかしそれらは、通常無機化学や錯体化学の核電荷とは良く対応しません。とはいえ分子内の原子核の電荷は結合など、様々な相互作用の理解にとても便利です。


 電荷の一番簡単な計算法としてMullikenPopulation Analysisが広く用いられています。Table 1に水とメチルアルコールのMulliken電荷を示しました。水分子ではSTO-3Gと6-31G**と6-311G**で、酸素が負で水素が正という傾向は変わりませんが、STO-3Gと6-31G**で酸素の電荷が2倍も違うというように、電荷の値は用いる基底関数によって大きく変わります。


 一方、メチルアルコール(メタノール)の場合は状況が違います。STO-3Gと6-31G**はよく似た結果を示していますが、6-311G**になると炭素原子の電荷の符号が違っています。また、水とメチルアルコールの酸素の電荷は、STO-3Gでは大きく異なり負の電荷が増加していますが、6-31G**, 6-311G**ではあまり大きく変わらず、むしろ負の電荷が小さくなっています。


 もし正しい電荷の値があるとしたら、どの基底関数の結果が正しいのか確かめてみたいと思います。でも正しい電荷の値って何?ああ難しいぃ!


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2007年4月21日土曜日

「計算化学で求められる核電荷と双極子モーメント」


 分子の性質を語る上で、分子中の核の形式電荷は、とても重要な概念です。特に無機化学錯体化学では非常に役立ちます。高校の化学でもの3価と2価のイオンの色が違うとか教わりました。計算化学でも、いくつかの方法によって原子核周辺の電荷を簡単に計算することが可能です。しかしそれらは、通常無機化学や錯体化学の核電荷とは良く対応しません。まあ、「分子のこの辺が+(プラス)だね」とか、「若干-(マイナス)だよね」とかには使えます。とはいえ分子内の原子核の電荷は結合など、様々な相互作用の理解に便利です。分子の電気双極子モーメントは、特にマイクロ波分光などによって宇宙空間にある分子などを探索するのに大いに役立ちます。電気双極子モーメントは正電荷から負電荷への力のベクトルです。(もちろん磁気双極子モーメントというのもあり、これはすべての磁石が持っています。地球も大きな磁石ですから磁気モーメントを持っています。)


 簡単な2原子分子(実は計算化学的にはとても難しい)である一酸化炭素(CO)の双極子モーメントの核間距離依存性を図に示しました。計算はハートリーフォック法で、炭素原子を原点におき、酸素原子はZ軸上に置きました。計算はGaussian03Wで行いました。◆が基底関数としてSTO-3Gを用いた一番お手軽な場合、■がちょっと高価な6-31G**の場合です。STO-3Gでは、1.2と1.3Åの間で双極子モーメントの値の正負が変わっています。6-31G**では、1.0から1.1Åの間で変わっています。これは、炭素と酸素の電荷の正負がそのあたりで逆転していることを意味します。COの平衡核間距離の実験値は1.128Åですから、この距離ではSTO-3Gと6-31G**では正反対の答えを出します。平衡核間距離でのCOの双極子モーメントの実験値は0.1098 Debyです(つまり炭素が負、酸素が正)ので定性的には、簡便なSTO-3Gの方が正しい振る舞いをしています。



 ちなみに簡便な電荷の計算法であるMullikenの電荷を用いてこの双極子モーメントを計算すると、この距離の範囲で正負の逆転は見られず、ずっと負のままです。炭素が正で酸素が負です。Mullikenの電荷をみると炭素原子と酸素原子の正負の関係がずっと同じなのに、双極子モーメントは逆転していることをみると計算化学の難しさを感じます。まだまだ計算出力をつぶさに見ることといった修行が足りません。ああ、先は長い。



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2007年4月16日月曜日

「計算化学で欲しい情報は?」- Part 2


 計算化学の基本的な手法であるハートリーフォック法(HF法)は、シュレディンガー方程式の近似解法で、同じ軌道に同じ電荷を持つ電子を2つ入れるというずいぶん乱暴な計算法なのですが、イオン化ポテンシャルだけでなく、非常に多くの分子の情報をもたらしてくれます。

 実際HF法のパラメーターは非常に少なく、分子の形と原子種、それと基底関数です。分子の形も最適化することにすると、パラメーターは基底関数だけになります。基底関数は実に多様で、これの選び方で計算の質が変わります。基底関数として、1s軌道、2s軌道、2p軌道にひとつずつ軌道を用意する一番小さい関数系を最小基底といいます。STO-3Gが有名です。STO-3Gは経験的に分子内結合を良く表すため、昔は計算された分子構造が実験値の代わりによく使われました。2s,2p軌道(原子価軌道)に2種類の軌道を用意した物が、Valence double-ζ(VDZ)基底関数系で、3-21Gや6-31Gがそれです。これに分極関数を足したり(6-31G**)広がった関数を加えたり(6-31++G)、なんだか多様すぎて選ぶのに苦労します。


 いくつかの2原子分子の核間距離の実験値とHF法で最適化された値を比較した物を表1に示しました。基底関数は、STO3G, 3-21G, 6-31G, 6-31G**, 6-31++G**です。表2には、これらの計算結果と実験値の回帰直線Y = aX + bの傾き a と切片 b、そして相関係数も一緒にまとめました。

 どれを使うべきか迷いますね。
基底関数の選択は経験が物を言いますので、初心者の方はそれなりの方にご相談ください。いい加減な選択をするときっと泣きます。


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2007年4月8日日曜日

「計算化学で欲しい情報は?」


 計算化学は、非常に多くの分子の情報をもたらしてくれます。量子力学が教えるところでは、系のある状態の波動関数さえ正しく求まれば、その状態の分子のあらゆる性質が明らかになるのです。ところが、波動関数を正確に求めるのは非常に大変で、実際のところは、ハートリー・フォック(HF)法で波動関数を求めるのが精一杯というところです。HF法は多粒子問題を解くための常套手段で、電子状態に関してはまずこの計算をします。HF法では、系の全エネルギーの90%以上を求めることができるのですが、化学的精度がせいぜい 1 kcal (= 4.336411 × 10-2 eV = 349.755 cm-1 = 503.217 K) と極めて小さいので、ベンゼン分子位でもHF法では精度が足りません。

 それでも、HF計算で判ることはいろいろあります。HF計算で判ることの一番重要なことは、
分子軌道が判るということです。細かなことを言いますと分子軌道は1つの数学的概念で実存ではないのですが、分子軌道を使うと化学反応の多くのことが判り、また多くを予言することができます。分子軌道が判ると同時にその軌道エネルギーも判りますので、イオン化ポテンシャルKoopmansの定理を仮定すれば軌道エネルギーの符号を変えた物として得られます。Koopmansの定理というのは、

「正準系のHF方程式を解いて得られる軌道エネルギーが、その軌道にある電子のイオン化ポテンシャルの近似値を与える」

というものです。この定理の近似度に関して、

「イオン化の際の後に残る電子の電子状態の再構成が考慮されていない」、

つまり後に残る電子の軌道が正準軌道に固定されていることが問題になります。この軌道の固定はKoopmansの定理の仮定として広く理解されていますが、これは誤解です。Koopmansは軌道をはじめから固定して考えたわけではなく、

「電子のイオン化によって残る-1電子系の軌道として、元の電子系の正準軌道が最良の選択として残る」

と言うことなのです。


 イオン化ポテンシャルの計算には他にΔSCFという方法があります。電子系のHF計算によって得られた全エネルギーから-1電子系の全エネルギーを引いた値がそれで、後に残る電子の再構成も考慮されています。ΔSCFでは、必ず開殻系を解かなくてはならず、計算がやっかいです。図にHeからZnまでの原子の第一イオン化ポテンシャルの実験値と計算値の相関を示しました。ΔSCFとKoopmansの回帰直線は、それぞれY = 0.955X - 0.4997 (R2=0.9877) 、Y = 1.1379X - 1.3246 (R2=0.9749)です。これからΔSCFは実験値よりわずかに少なく、逆にKoopmansは少し大きめに見積もることが判ります。Koopmansはとても簡便で、その理論的根拠は薄弱に見えますが、正当で手間のかかるΔSCF法と遜色のない結果を与えます。これも、天才恐るべし!!です。

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2007年4月3日火曜日

「分子の形は?」


 化学は、ベンゼンの構造式に代表されるように分子の構造の絵が重要な役割を果たす、極めて特殊な学問分野です。計算化学もその例に漏れず、分子構造分子軌道の形が多くの情報を持つので、それらの形を描くツールがたくさんそろっています。むしろ3次元描画やアニメーションが研究の道具として極めて重要な武器となる分野が化学という学問分野であると言えましょう。

 みなさんはお酒に含まれるアルコールであるエタノール:C2H5OHの分子構造が書けますか?Trans(トランス)型Gauche(ゴーシュ)型が書き分けられますか?もっと簡単なメタン:CH4が書けますか?メタノール:CH3OHは?これらが正しく書けないと計算化学はできないのです。ぜひ、もう一度確認してみてください。

 さて、ベンゼン:C6H6の構造です。ベンゼンは芳香族性を持つ平面分子として有名です。でも電子状態まで考えると、平面ではなくハンバーガーのような形をしているのです。図は、ベンゼンの静電ポテンシャルを斜め上から眺めたものです。上下のハンバーガーのパンがπ(パイ)電子の作る負の領域で、お肉がσ(シグマ)電子系です。ずいぶん違って見えるでしょ。実は分子同士はこういった形でお互いを認識しているようにみえます。ベンゼンの2量体の最安定構造は一つのベンゼンの上にベンゼンが立っているT型です。ベンゼンのパン(-)の上に他のベンゼンのお肉の外側(+)が刺さっている形をしています。これは、ハンバーガーの形をしたベンゼンという観点からみると、とても理にかなった構造です。次に安定な構造は、2つのハンバーガー(ベンゼン)が上下に少しずれて、お互いのパン(-)とお肉の端(+)が刺さっている形です。この時ベンゼンの面は平行ですが重なっていません。

 ホルムアルデヒド:CH2Oも平面の分子ですが、ホルムアルデヒドの静電ポテンシャルをみると、これも2次元ではなく、ちょうどキノコのような形をしています。ぜひ計算化学をお試しください。電子分布まで考えると分子の形は構造式とはずいぶん違ったものに見えますよ。

 このような表示を用いて分子と分子の隙間を正しく計算するという手法は、すでに創薬の現場で用いられていて、いくつか新しい薬の発見に貢献しています。例えば、今、何かと話題のタミフル(オセルタミビル)もそうですね。もちろん副作用は計算化学のせいではありませんが、その原因を調べるときにも計算化学は貢献できます。まさに計算化学恐るべし!!です。

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2007年3月24日土曜日

「計算化学事始め」

 アインシュタインを例に出すまでもなく、天才ってすごいですね。S堂の辞書に依れば天才は「生まれつき備わっている、きわめてすぐれた才能。また、その持ち主」を言うそうです。まあ、通常の人よりも優れた能力をもって、それが社会に認められた人を天才というのでしょうね。いくら天才的な能力を有していても、社会に認められなくてはただの普通の人ですものね。私の身近にも、天才的な能力を持ちながら、まだこの世に十分みとめられない人が沢山います。でも天才は何となく正しい結果を出すのです。

 筆者が学生の頃は、計算化学事始めとして、まずヒュッケル法を習いました。実は筆者はちゃんとハートリーフォック法を講義で習った初めてぐらいの化学の学生です。でもハートリーフォック法は 難しくて、式だけでは良く判らず、まあ、判らなくてもプログラムは動かせるので、実際の分子を計算するのですが、無免許運転で車を運転するより難しくて、 答えを見ても何がなんだか良く判らないのです。車の運転より計算化学が難しいというのは、無免許でも安全に目的地に着ける事があるけど、計算化学ではなか なかそうはいかないからです。むしろたいていはドジをふみます。例えば分子構造が対称なのに答えが非対称、つまり計算間違いなんて事は普通にあって、問題は計算間違いに気づかないことなのです。話が飛んでしまった。

 ところがヒュッケル法は、行列が簡単で、ヒュッケル法のプログラムを作って波動関数をいじり回していると、なんか電子状態が判ったような感じになるのです。もちろん対称性なんて崩れません。フォック行列の非対角項の行列要素の計算は複雑で大変です。それをヒュッケルは、行列の非対角項を炭素―炭素なら1に置けというわけです。そのような行列を対角化するとベンゼンナフタレンπ電子状態がちゃんとわかるのです。天才恐るべし!!

 もう一つ天才恐るべしの例は、ボーアの2次元的な素朴な電子模型が与える水素原子の離散的なエネルギーレベルとその平均半径の表式が、3次元のシュレディンガー方程式をちゃんと解いたものと形式的に全く同等であるということです。ボーア模型は前期量子学で習いますね。もちろんこの模型からは角運動量スペクトルの選択則などについては全く何も言えないのですが、それにしても、一番大事なエネルギー表式が合っちゃうなんて。天才というのは何か判らないけど正確に正しくたどり着けるのですね。


 寺田寅彦の随筆に「科学者とあたま」と題したものがあります[1]。その中の一説...

「頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。」

筆者は妻に恋したのですが、頭が良くないことを悲しむべきか悩むところです。でもあのアインシュタインだって恋文を残しています。


 CONFLEX iNSIDEは計算化学を応援します。

Reference:
  • [1]「寺田寅彦随筆集 第四巻」,小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店,1948年.


2007年3月16日金曜日

「計算化学は役に立つの?」

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 計算機シミュレーションは自然現象を探究する方法でありながら、自然そのものを対象とした実験ではなく、量子力学という理論を基にした数値実験です。理論はもともと人間が考えたものであり、実験的観測をわかりやすく説明できる限り有用です。もちろん実験事実を説明できなくなった理論は捨てられます。量子力学の発展も黒体輻射を上手く説明できることから広く受け入れられるようになりました。まあ理論であったものが信仰として残ることは多くあります。事実の説明はその多くがこじつけであることもあります。そのため、事実を説明することに成功した理論が、さらに普遍性を主張するには、将来観測されるであろう現象を予言することが求められま す。通常そういった未来の予言のためには、理論から高性能計算機をふんだんに使った莫大な計算をへて結果を得なければなりません。

 初期量子反応化学理論とでも言うべき福井謙一博士のフロンティア軌道理論は、 反応選択性の説明に成功し、さらにその説明に従う多くの新たな反応が発見されたことによって、有機化学反応論における普遍的理論としての地位を築き、1981年にノーベル化学賞を与えられました。計算化学の手法のひとつである分子軌道計算は、フロンティア軌道理論の理解と普及に大きな役割を果たしました。最近では計算機の発展とともに、大規模な系の分子軌道も計算できるようになってきており、生体反応なども計算化学で取り扱えるようになってきました。フロンティア軌道理論のすごいところはいろいろあるのですが、最高占有軌道(HOMO)と最低非占有軌道(LUMO)の形をみれば反応中心が推定できるという点が、大規模な生体分子の反応を解析する際非常に役に立ちます。

 図は、約2,000原子からなる小さなタンパク質のフロンティア軌道です。左側のローブがHOMOで、右がLUMOです。宇宙空間にこの分子を浮かべると、どこからかゆっくりと飛んできた電子は、図の右側のLUMOに取り込まれます。ちょっとすごいでしょ。


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2007年3月10日土曜日

「計算化学の計算結果はいつも正しいの?」-浮動小数点演算の落とし穴-




 計算化学に限らず、計算機上でソフトウェアを走らせれば、なんとなく“数値”は得られます。計算機を使う上で重要なのは、得られた数値の信頼性・妥当性を注意深く吟味しながら、計算結果から(計算化学の場合は化学的に)重要な知見を得ることです。問題の規模や質に対して近似法の向き・不向き、あるいはソフトの得て・不得手もあります。こうした計算の限界や制約を考慮すれば、計算機シミュレーションは(計算化学は化学の)研究開発の有用なツールとなります。反面こういった吟味無しに利用すると手痛いしっぺ返しにあうこと請け合いです。

 落とし穴の簡単な例をご紹介します。私がこの例を知ったとき、
なんか頭をごつんとやられた感じ

がしました。S. M. RumpがRound off errorの例として、"Reliability in computing: the role of interval methods in scientific computing" に紹介したものです [1]。Round off errorは、日本語では、情報落ちとして知られています。計算式は浮動小数点演算が40回程度のとっても簡単なものです。


  f(x,y) = 333.75y6 + x2(11x2y2 – y6 – 121y4 – 2) + 5.5y8 + x/(2y)

x = 77617, y = 33096の時、SUN SPARCstation/SLCでFortranプログラムで計算すると、

  (単精度) f = 6.33825 × 1029
  (倍精度) f = 1.1726039400532
  (4倍精度)f = 1.1726039400531786318588349045201838

正しい値は、可変長区間演算を用いて40桁表示すると、

  (-0:827396059946821368141165095479816292005,
   -0:827396059946821368141165095479816291986)


です。つまり、正しい答えは負の値(-0.83)ですが、計算値は正の値(1.17)です。一般に単精度演算より倍精度演算のほうが精度が高く、倍精度より4倍精度の方が正確ですが、このような背筋が寒くなるような例もあります。確かに計算機で用いられている浮動小数点演算は誤差が大きいのですが、たかだか40回程度の浮動小数点演算でこのようなことが起こることは驚きです。現在、ノートブックPCでも1秒間に1億回以上の演算が可能です。得られた答えの信頼性・妥当性を注意深く吟味するためには、計算対象に対する広い知識と洞察力が必要です。

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Reference:
  • [1] Siegfried M. Rump, "Algorithms for verified inclusions - theory and practice" in "Academic Press Perspectives In Computing; Vol. 19, Reliability in computing: the role of interval methods in scientific computing", Ramon E. Moore, Ed., Academic Press Professional, Inc., San Diego(CA), 1988, pp. 109-126.





2007年3月5日月曜日

「計算化学と実験化学のちがいは何?」


 化学は自然界における物質の性質の測定(what)とその性質の解明(why)を通じて得られた知識を元に、自然界にはない“人類の生活に有用な”新たな物質を如何に(how)作り出す事を目的とした学問領域です。(少し言い過ぎか!?)そのため、物質の測定分野として物理化学が、新たな物質を作り出す分野として有機化学無機化学の分野があります。“人類の生活に有用な”物質に関するあらゆるものが化学の対象です。人類は地球上に現実に存在する物質ですので、化学は基本的に地球上の自然にあるものを対象とする実験化学の一分野として発展してきました。そのため、実験化学は記録に残っているだけでも、数百年に及ぶ長い歴史を持っています。

 他方、計算化学は1920年代に誕生した量子力学にその基礎をおいており、1950年代初頭に産声を上げた電子計算機の発展とともに成長して来ました。一番簡単な分子であるH2+分子イオン(Burrau [1])とH2分子(Heitler-London [2])が(計算尺で)計算されたのは、1927年です。同じ年に今でも広く用いられている平均場の考え方「原子核と他の電子によって作られる平均的な場の中を分子内の電子は運動する。」がHundによって提出されています。2年後の1929年にはニュートンに並び称される大物であるDirac(現代のニュートンは車いすの天才ホーキングでしょう。)が「量子力学の一般的理論は、今やほぼ完成し(中略)したがって、物理学の大部分と化学の全体の数学的理論に必要な基礎的物理法則は完全に判っていると言うことであり、困難は、ただこれらの法則を厳密に適用すると複雑すぎて解ける望みのない方程式に行き着いてしまうことにある。」(訳:藤永茂、「分子軌道法」、岩波書店、1980年)と言い切っています [3]Mullikenの「分子軌道法」が1932年 [4]、1939年には学部学生であったFeynmanHellmann-Feynmannの定理として知られているいくつかの定理のうちの静電定理が発表されています [5]。(昔は若くして論文書いていたのですねー。)1920年代はEinsteinをはじめとして物理のきら星たちが重要な理論を発表した年代です。Fermiの指導で1942年に臨界に達したシカゴ大の原子炉は計算尺を使った設計ですしねー。うーん。すごい。ああ、なんか歴史を語ってしまいました。

 地球上に存在する物質を対象とする実験化学と違って、計算化学は量子力学を元にいろいろな近似を加えた方程式を電子計算機を使って解く分野です。計算化学における方程式と電子計算機が実験化学におけるビーカやチャンバーです。そのため、計算化学は100年の歴史を持たない若い研究分野です。計算化学が実験化学者に欠かすことのできないツールとして認知されたのは、ここ20年ほどの事です。それには、電子計算機の急速な性能向上とGaussianシリーズをはじめとするソフトウェアの発展と普及が不可欠でした。今では分子の配座探索にはまずCONFLEXを用いた解析がなされ、その後で実験的に確かめられるといったように、計算化学が完全に化学研究に取り込まれています。

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References:
  1. [1] Ø. Burrau, "Berechnung des Energiewertes des Wasserstoff Molekel-Ions (H2+) im Normalzustand", Det Kgl. Danske Videnskabernes Selskab, Mathematisk-fysiske Meddelelser, VII, 14 (1927).
  2. [2] W. Heitler and F. London, Zeitschrift für Physik, vol. 44, p. 455 (1927). English translation in H. Hettema, Quantum Chemistry, Classic Scientific Papers, World Scientific, Singapore (2000).
  3. [3] P. A. M. Dirac, Proc. R. Soc. London, Ser. A 123, 714 (1929).
  4. [4] Robert. S. Mulliken, "Electronic structures of polyatomic molecules and valence.", Phys. Rev., 40, 55-71 (1932); "Electronic structures of polyatomic molecules and valence. II. General Considerations", Phys. Rev., 41, 49-71 (1932); "Electronic structures of polyatomic molecules and valence. III. Quantum Theory of the Double Bond", Phys. Rev., 41, 751-758 (1932).
  5. [5] R. P. Feynman, "Forces in Molecules", Phys. Rev., 56, 340-343 (1939).