計算化学は、非常に多くの分子の情報をもたらしてくれます。量子力学が教えるところでは、系のある状態の波動関数さえ正しく求まれば、その状態の分子のあらゆる性質が明らかになるのです。ところが、波動関数を正確に求めるのは非常に大変で、実際のところは、ハートリー・フォック(HF)法で波動関数を求めるのが精一杯というところです。HF法は多粒子問題を解くための常套手段で、電子状態に関してはまずこの計算をします。HF法では、系の全エネルギーの90%以上を求めることができるのですが、化学的精度がせいぜい 1 kcal (= 4.336411 × 10-2 eV = 349.755 cm-1 = 503.217 K) と極めて小さいので、ベンゼン分子位でもHF法では精度が足りません。
それでも、HF計算で判ることはいろいろあります。HF計算で判ることの一番重要なことは、分子軌道が判るということです。細かなことを言いますと分子軌道は1つの数学的概念で実存ではないのですが、分子軌道を使うと化学反応の多くのことが判り、また多くを予言することができます。分子軌道が判ると同時にその軌道エネルギーも判りますので、イオン化ポテンシャルもKoopmansの定理を仮定すれば軌道エネルギーの符号を変えた物として得られます。Koopmansの定理というのは、
「正準系のHF方程式を解いて得られる軌道エネルギーが、その軌道にある電子のイオン化ポテンシャルの近似値を与える」
というものです。この定理の近似度に関して、
「イオン化の際の後に残る電子の電子状態の再構成が考慮されていない」、
つまり後に残る電子の軌道が正準軌道に固定されていることが問題になります。この軌道の固定はKoopmansの定理の仮定として広く理解されていますが、これは誤解です。Koopmansは軌道をはじめから固定して考えたわけではなく、
「電子のイオン化によって残るN-1電子系の軌道として、元のN電子系の正準軌道が最良の選択として残る」
と言うことなのです。
イオン化ポテンシャルの計算には他にΔSCFという方法があります。N電子系のHF計算によって得られた全エネルギーからN-1電子系の全エネルギーを引いた値がそれで、後に残る電子の再構成も考慮されています。ΔSCFでは、必ず開殻系を解かなくてはならず、計算がやっかいです。図にHeからZnまでの原子の第一イオン化ポテンシャルの実験値と計算値の相関を示しました。ΔSCFとKoopmansの回帰直線は、それぞれY = 0.955X - 0.4997 (R2=0.9877) 、Y = 1.1379X - 1.3246 (R2=0.9749)です。これからΔSCFは実験値よりわずかに少なく、逆にKoopmansは少し大きめに見積もることが判ります。Koopmansはとても簡便で、その理論的根拠は薄弱に見えますが、正当で手間のかかるΔSCF法と遜色のない結果を与えます。これも、天才恐るべし!!です。
CONFLEX iNSIDEは計算化学を応援しています.
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