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 内容はどうしても化学者向けが中心になるので,一般の方には化学業界用語(?)などちょっと難しいかもしれません.けど,できるだけわかりやすく書いていきたいと思います.



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2007年4月21日土曜日

「計算化学で求められる核電荷と双極子モーメント」


 分子の性質を語る上で、分子中の核の形式電荷は、とても重要な概念です。特に無機化学錯体化学では非常に役立ちます。高校の化学でもの3価と2価のイオンの色が違うとか教わりました。計算化学でも、いくつかの方法によって原子核周辺の電荷を簡単に計算することが可能です。しかしそれらは、通常無機化学や錯体化学の核電荷とは良く対応しません。まあ、「分子のこの辺が+(プラス)だね」とか、「若干-(マイナス)だよね」とかには使えます。とはいえ分子内の原子核の電荷は結合など、様々な相互作用の理解に便利です。分子の電気双極子モーメントは、特にマイクロ波分光などによって宇宙空間にある分子などを探索するのに大いに役立ちます。電気双極子モーメントは正電荷から負電荷への力のベクトルです。(もちろん磁気双極子モーメントというのもあり、これはすべての磁石が持っています。地球も大きな磁石ですから磁気モーメントを持っています。)


 簡単な2原子分子(実は計算化学的にはとても難しい)である一酸化炭素(CO)の双極子モーメントの核間距離依存性を図に示しました。計算はハートリーフォック法で、炭素原子を原点におき、酸素原子はZ軸上に置きました。計算はGaussian03Wで行いました。◆が基底関数としてSTO-3Gを用いた一番お手軽な場合、■がちょっと高価な6-31G**の場合です。STO-3Gでは、1.2と1.3Åの間で双極子モーメントの値の正負が変わっています。6-31G**では、1.0から1.1Åの間で変わっています。これは、炭素と酸素の電荷の正負がそのあたりで逆転していることを意味します。COの平衡核間距離の実験値は1.128Åですから、この距離ではSTO-3Gと6-31G**では正反対の答えを出します。平衡核間距離でのCOの双極子モーメントの実験値は0.1098 Debyです(つまり炭素が負、酸素が正)ので定性的には、簡便なSTO-3Gの方が正しい振る舞いをしています。



 ちなみに簡便な電荷の計算法であるMullikenの電荷を用いてこの双極子モーメントを計算すると、この距離の範囲で正負の逆転は見られず、ずっと負のままです。炭素が正で酸素が負です。Mullikenの電荷をみると炭素原子と酸素原子の正負の関係がずっと同じなのに、双極子モーメントは逆転していることをみると計算化学の難しさを感じます。まだまだ計算出力をつぶさに見ることといった修行が足りません。ああ、先は長い。



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2007年4月16日月曜日

「計算化学で欲しい情報は?」- Part 2


 計算化学の基本的な手法であるハートリーフォック法(HF法)は、シュレディンガー方程式の近似解法で、同じ軌道に同じ電荷を持つ電子を2つ入れるというずいぶん乱暴な計算法なのですが、イオン化ポテンシャルだけでなく、非常に多くの分子の情報をもたらしてくれます。

 実際HF法のパラメーターは非常に少なく、分子の形と原子種、それと基底関数です。分子の形も最適化することにすると、パラメーターは基底関数だけになります。基底関数は実に多様で、これの選び方で計算の質が変わります。基底関数として、1s軌道、2s軌道、2p軌道にひとつずつ軌道を用意する一番小さい関数系を最小基底といいます。STO-3Gが有名です。STO-3Gは経験的に分子内結合を良く表すため、昔は計算された分子構造が実験値の代わりによく使われました。2s,2p軌道(原子価軌道)に2種類の軌道を用意した物が、Valence double-ζ(VDZ)基底関数系で、3-21Gや6-31Gがそれです。これに分極関数を足したり(6-31G**)広がった関数を加えたり(6-31++G)、なんだか多様すぎて選ぶのに苦労します。


 いくつかの2原子分子の核間距離の実験値とHF法で最適化された値を比較した物を表1に示しました。基底関数は、STO3G, 3-21G, 6-31G, 6-31G**, 6-31++G**です。表2には、これらの計算結果と実験値の回帰直線Y = aX + bの傾き a と切片 b、そして相関係数も一緒にまとめました。

 どれを使うべきか迷いますね。
基底関数の選択は経験が物を言いますので、初心者の方はそれなりの方にご相談ください。いい加減な選択をするときっと泣きます。


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2007年4月8日日曜日

「計算化学で欲しい情報は?」


 計算化学は、非常に多くの分子の情報をもたらしてくれます。量子力学が教えるところでは、系のある状態の波動関数さえ正しく求まれば、その状態の分子のあらゆる性質が明らかになるのです。ところが、波動関数を正確に求めるのは非常に大変で、実際のところは、ハートリー・フォック(HF)法で波動関数を求めるのが精一杯というところです。HF法は多粒子問題を解くための常套手段で、電子状態に関してはまずこの計算をします。HF法では、系の全エネルギーの90%以上を求めることができるのですが、化学的精度がせいぜい 1 kcal (= 4.336411 × 10-2 eV = 349.755 cm-1 = 503.217 K) と極めて小さいので、ベンゼン分子位でもHF法では精度が足りません。

 それでも、HF計算で判ることはいろいろあります。HF計算で判ることの一番重要なことは、
分子軌道が判るということです。細かなことを言いますと分子軌道は1つの数学的概念で実存ではないのですが、分子軌道を使うと化学反応の多くのことが判り、また多くを予言することができます。分子軌道が判ると同時にその軌道エネルギーも判りますので、イオン化ポテンシャルKoopmansの定理を仮定すれば軌道エネルギーの符号を変えた物として得られます。Koopmansの定理というのは、

「正準系のHF方程式を解いて得られる軌道エネルギーが、その軌道にある電子のイオン化ポテンシャルの近似値を与える」

というものです。この定理の近似度に関して、

「イオン化の際の後に残る電子の電子状態の再構成が考慮されていない」、

つまり後に残る電子の軌道が正準軌道に固定されていることが問題になります。この軌道の固定はKoopmansの定理の仮定として広く理解されていますが、これは誤解です。Koopmansは軌道をはじめから固定して考えたわけではなく、

「電子のイオン化によって残る-1電子系の軌道として、元の電子系の正準軌道が最良の選択として残る」

と言うことなのです。


 イオン化ポテンシャルの計算には他にΔSCFという方法があります。電子系のHF計算によって得られた全エネルギーから-1電子系の全エネルギーを引いた値がそれで、後に残る電子の再構成も考慮されています。ΔSCFでは、必ず開殻系を解かなくてはならず、計算がやっかいです。図にHeからZnまでの原子の第一イオン化ポテンシャルの実験値と計算値の相関を示しました。ΔSCFとKoopmansの回帰直線は、それぞれY = 0.955X - 0.4997 (R2=0.9877) 、Y = 1.1379X - 1.3246 (R2=0.9749)です。これからΔSCFは実験値よりわずかに少なく、逆にKoopmansは少し大きめに見積もることが判ります。Koopmansはとても簡便で、その理論的根拠は薄弱に見えますが、正当で手間のかかるΔSCF法と遜色のない結果を与えます。これも、天才恐るべし!!です。

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2007年4月3日火曜日

「分子の形は?」


 化学は、ベンゼンの構造式に代表されるように分子の構造の絵が重要な役割を果たす、極めて特殊な学問分野です。計算化学もその例に漏れず、分子構造分子軌道の形が多くの情報を持つので、それらの形を描くツールがたくさんそろっています。むしろ3次元描画やアニメーションが研究の道具として極めて重要な武器となる分野が化学という学問分野であると言えましょう。

 みなさんはお酒に含まれるアルコールであるエタノール:C2H5OHの分子構造が書けますか?Trans(トランス)型Gauche(ゴーシュ)型が書き分けられますか?もっと簡単なメタン:CH4が書けますか?メタノール:CH3OHは?これらが正しく書けないと計算化学はできないのです。ぜひ、もう一度確認してみてください。

 さて、ベンゼン:C6H6の構造です。ベンゼンは芳香族性を持つ平面分子として有名です。でも電子状態まで考えると、平面ではなくハンバーガーのような形をしているのです。図は、ベンゼンの静電ポテンシャルを斜め上から眺めたものです。上下のハンバーガーのパンがπ(パイ)電子の作る負の領域で、お肉がσ(シグマ)電子系です。ずいぶん違って見えるでしょ。実は分子同士はこういった形でお互いを認識しているようにみえます。ベンゼンの2量体の最安定構造は一つのベンゼンの上にベンゼンが立っているT型です。ベンゼンのパン(-)の上に他のベンゼンのお肉の外側(+)が刺さっている形をしています。これは、ハンバーガーの形をしたベンゼンという観点からみると、とても理にかなった構造です。次に安定な構造は、2つのハンバーガー(ベンゼン)が上下に少しずれて、お互いのパン(-)とお肉の端(+)が刺さっている形です。この時ベンゼンの面は平行ですが重なっていません。

 ホルムアルデヒド:CH2Oも平面の分子ですが、ホルムアルデヒドの静電ポテンシャルをみると、これも2次元ではなく、ちょうどキノコのような形をしています。ぜひ計算化学をお試しください。電子分布まで考えると分子の形は構造式とはずいぶん違ったものに見えますよ。

 このような表示を用いて分子と分子の隙間を正しく計算するという手法は、すでに創薬の現場で用いられていて、いくつか新しい薬の発見に貢献しています。例えば、今、何かと話題のタミフル(オセルタミビル)もそうですね。もちろん副作用は計算化学のせいではありませんが、その原因を調べるときにも計算化学は貢献できます。まさに計算化学恐るべし!!です。

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