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2007年6月24日日曜日
「分子軌道法の計算精度」
大規模計算は一般に膨大な演算量を必要とするためその解の信頼性には仮数部のビット数が大きく影響しています。現在、殆どの分子軌道プログラムでは他の科学技術計算と同様に倍精度実数計算を採用していますが、生体高分子のような大きな分子の場合にはそれで十分な精度をもった解が得られるという保証はありません。
図に基底関数の増加に対する分子軌道法の計算精度の変化を示しました。図中右上の点が打ってある領域は、倍精度(64ビット)の計算で、もはや1 kcal/molの精度が補償できなくなる領域です。左下の真ん中の線の上の4つの黒い点は炭化水素分子を皆さんがよく使っておられるプログラム3種で計算した物です。下の線は、並列計算をシミュレートしたプログラムで計算した物です。
これを見ると計算機上での数値実験結果から、従来のフォック行列計算法では基底数が数千に達すると計算されるエネルギー値は化学的精度を満足できないこと、しかしながら計算アルゴリズムを工夫することによって大規模計算に必要な10,000基底程度の場合でも倍精度実数計算で化学的精度を満たすことが可能なことがわかります。
もう何度か書いてきたように、20,000軌道の計算は手に届いています。いまこそ、新しい計算法や計算機の開発が望まれるときなのではないかと思います。なんかやらなきゃいけないことがいっぱいあります。はぁ。
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2007年6月15日金曜日
「分子の形と電子状態」
計算化学の手法を用いることの一番のメリットは、分子構造の最適化でしょう。分子の安定構造は電子のエネルギーと核間反発エネルギーに関係します。例えばHAAH型の分子でも、アセチレンHCCHは直線ですし、ジイミンHNNHは平面形でCis-/Trans-の曲がった形をしています。過酸化水素HOOHになると平面形ではなく3次元的な構造を持ちます。このような小さな分子の形と電子状態の関係を定性的に説明するものに、Walsh則があります。これを表に示します。
図にGimarcによるAH2形の分子の結合角と軌道エネルギーの関係 (Walsh diagram) を示しました。原子価電子が4のBeH2は結合角が180度の方(直線形)が安定で、5のBH2は131度、6のCH2は136度、7のNH2は103度、8のH2Oは105度となり、原子価電子が増えると曲がっていきます。まあ、このくらいの大きさの分子ならパソコンで計算してしまった方が早いかもしれません。今は1千原子系の構造最適化も可能です。
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2007年6月3日日曜日
「電子状態の計算法」
計算化学の基本は、量子力学に基づく系の電子状態計算です。特に分子系には、非経験的分子軌道法が、さまざまな機能性分子の設計や開発に対して最も基本的でかつ重要な手法となっています。その計算コストは一番簡単なハートリーフォック法でも、用いる基底関数の4乗に比例するため、生体内や固体表面での化学反応解析等の大規模系の電子状態計算には膨大な計算コストが必要になります。現在でも、研究者が研究室レベルで「現実を反映した大規模分子系」の分子軌道計算を実現することは容易なことではありません。 「現実を反映した大規模分子系」の分子軌道計算を「低コスト=パーソナルユース」で実現するためには、計算量を軽減するための近似法を取り入れ、さらに計算機の性能を飛躍的に向上させることが必要です。
計算コストを軽減するため、必要な計算をまともにする代わりに実測値やモデルを用いて計算量を削減する方法があります。実測値をパラメータとして導入し計算コストの高い分子積分計算のコストを軽減する方法は、経験的分子軌道法、または半経験的分子軌道法と呼ばれます。多くの方法が知られていますが、スチュワートが開発したMOPACの中に含まれるAM1やPM3が有名です。この方法は演算量が大幅に軽減されるにも関わらず、炭化水素などの系では計算される物理量が実測値をよく再現することから、非常に広範囲に利用されています。またこの方法の究極がヒュッケル法です。ヒュッケル法は、知る人ぞ知る非常にエレガントな分子軌道法です。解析的な取扱いが縦横にできますし、その特性多項式の係数は分子の共役系の構造と結びつけられます。ただし経験的または半経験的分子軌道法は、実測が無い系や金属のように周辺の環境によって様々な状態を容易にとる系には利用できないことや、計算結果の信頼性にばらつきがあることがよく知られています。
他方、ハミルトニアンに近似を導入することで、計算すべき分子積分自体を簡素化して計算量を軽減する方法もあります。この方法は、計算量や結果の信頼性などの面から非経験的分子軌道法と半経験的分子軌道法の中間に位置づけられています。この方法は経験的パラメータを陽に含まないことから、第一原理分子軌道計算または第一原理計算と呼ばれています。最近、電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする、密度汎関数理論に基づく第一原理計算が非常に多く使われるようになってきました。一番単純でわかりやすい第一原理計算法は、かのスレーターが開発したXα法でしょう。この方法の演算量は、基底関数のほぼ3乗に比例する演算量となります。第一原理計算は近似計算ですので、どのような近似(密度汎関数)を用いるかにより非常に多くのバラエティーがあります。つまり得意不得意があるということです。本法のご利用にはご注意ください。
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