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2007年5月27日日曜日
「軌道の3次元表示」
Atomic Orbital やMolecular Orbitalというのはそれぞれ原子軌道、分子軌道と訳されますが、その軌道というのは我々が知っている古典力学の言うところの粒子の運動の軌跡ではなくて、雲のようなものです。化学では分子構造がその分子の性質と密接につながっていることから、その構造の3次元表示が非常に多くの情報を与えます。同様に化学反応はフロンティア軌道,すなわち最高占有軌道(HOMO)と最低非占有軌道(LUMO)が重要ですので、分子軌道や静電ポテンシャルの3次元表示も非常に重要な情報を直感的に与えます。化学はトポロジーや3次元グラフィックスなどと非常に密接した研究領域なのです。こういった3次元表示には主に計算機がつかわれ、種々の可視化法がありそのツールも数多くあります。主なものは断面表示や等値曲面表示ですが、電子雲の柔らかなイメージとはかなり異なります。またその形状や関数値変化および節面の表現がなかなか難しいのです。最近、埼玉大学の時田先生や函館高専の長尾先生たちが原子軌道のユニークな表示方法を提案なさっています。それは、おみやげ屋さんなどでよくみられる、ガラス内レーザー彫刻を用いたものです。
この3次元実体模型は、手にとって自由な方向から眺めることができ、原子軌道全体の形状や節面が容易にわかります。時田先生のご厚意で、1s,2s,3s軌道の3次元実態模型を示します。1sは節面が無くて、2sでは1つ、3sでは2つあることがすぐわかります。この模型は教材としても秀逸なものですが、オブジェとしてもとても美しく見事なものです。やっぱり自然は美しい。
CONFLEX iNSIDEは計算化学を応援しています。
2007年5月19日土曜日
「大規模分子計算」
近年の計算機の発達、特に高性能ワークステーションの発達と普及により、さまざまな科学技術分野において従来成し得なかった大規模計算が可能となってきています。このことは計算化学の分野においても例外ではなく、数年前までは数100基底の分子軌道計算でさえ多大な労力を必要としていたのが、現在はワークステーションクラスターなどの並列計算機環境を用いることにより、生体高分子などをターゲットとした20,000基底を超える分子軌道計算が行われつつあります。一番大きな分子軌道計算は、2005年11月に発表された光合成反応中心タンパク(下図)のもので、原子数2,0581、電子数77,754、基底数164,442 (6-31G*)といった計算規模です[1]。今ではもっと大きな系の計算だって実行されています。巨大分子系の非経験的分子軌道法の分野には日本人の研究者が多く活躍しているのです。
[1] Ikegami et al, "Full Electron Calculation Beyond 20,000 Atoms: Ground Electronic State of Photosynthetic Proteins", Proceedings of International Conference for Supercomputing and Networks, SC2005, Seattle, USA, November, 2005.
大規模計算は一般に膨大な演算量を必要とするため、その解の信頼性には仮数部のビット数が大きく影響しています。現在、殆どの分子軌道プログラムでは他の科学技術計算と同様に倍精度実数計算を採用していますが、大規模分子の場合においてはそれで十分な精度をもった解が得られるという保証はありません。すでに、計算機上での数値実験結果から、従来のフォック行列計算法では基底数が数千に達すると計算されるエネルギー値は化学的精度を満足できないこと、しかし計算アルゴリズムを工夫することによって大規模計算に必要な10,000基底程度の場合でも倍精度実数計算で化学的精度を満たすことが可能であることが知られています。大規模計算には、計算の各段階において非常に注意深い実行が必要とされます。
計算化学は合理的に医薬分子や材料分子を設計する際にも不可欠な手段ですので、現実に近い分子系を扱うことのできる大規模分子軌道計算の重要性は今後さらに増すものと期待されています。
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2007年5月10日木曜日
「分子構造」
計算化学と一口に言っても、量子論的電子状態シミュレーション、古典力学的シミュレーション、モンテカルロシミュレーション、そしてデータベースからのデータマイニングをもとにした物性推算、およびQSAR(定量的構造活性相関)と多岐に渡ります。これは、原子分子から物質まで、固体液体気体、絶対零度付近の極低温から原子炉内のような超高温、宇宙空間のような高真空から内燃機関内の超高圧といったように、化学で取り扱われる現象の多様性を反映しています。このような多様な現象を小さな計算機一つで取り扱えるようになったのはすごい!ことで、そう古い昔ではありません。まだここ20年くらいのことです。
計算化学を使えば実に様々なことが容易にわかります。例えば、MgCNやFeCNなど3原子分子なら、分子構造といった分子定数は、精密な非経験的分子軌道法を用いると、今の計算機を使って一ヶ月ぐらいでわかるのです。ところが、実験では1986年に観測が試みられてから20年が経過した今日まで、まだちゃんとした結果が出ていません。
突然ですが、分子構造で有名な話はカルベン(メチレン:CH2)です。CH2は、今では水と同じように曲がった構造をとることが広く知られています。ところが、この分子の構造(基底状態の三重項メチレン)が直線であるのか、曲がっているのかの論争が、40年くらい昔にありました。今手元に資料がないので正確なことは書けないのですが、簡単に言いますと...
まずヘルツベルグが直線であると予言しました(ヘルツベルグは、その後にノーベル化学賞をもらった(1971年)ほどの大物です。)それで、まあ、いつの時代もそんな人はいるものですが...この大物の予言をサポートする実験の論文や計算の論文が出ました。ところが、当時たぶん20代のシェーファーが計算結果を基にCH2は曲がっているという論文を書きました...その後10年ぐらいの間に日本人を含むいくつかのグループで精密な実験が行われて...そしてシェーファーの方に軍配を上げました(その成果というわけではないですが、シェーファーはずいぶん若くして教授になっています。)
CH2の構造の計算は、今ではノートPCでせいぜい2秒くらいでできてしまいますが、実験では限られたプロフェッショナルでも依然として最低3ヶ月程度はかかります。CH2の構造は、ポープル対ワトソン・クリックのDNAの2重らせん構造のようなノーベル賞に発展するような結果ではないのですが、知識と経験には乏しいが血気に逸る若者(計算化学)と、知識と経験に満ちあふれた温厚な老大家(実験化学)の競い合いの物語として記憶しています。計算化学がその価値を認知される過程での話です。
若い人の足を引っ張るおやじではなく、若い人のあこがれの対象となるようなおやじになりたいな。
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2007年5月3日木曜日
もう一度「計算化学で求められる核電荷」
前回のCONFLEX iNSIDEは...
一方、メチルアルコール(メタノール)の場合は状況が違います。STO-3Gと6-31G**はよく似た結果を示していますが、6-311G**になると炭素原子の電荷の符号が違っています。また、水とメチルアルコールの酸素の電荷は、STO-3Gでは大きく異なり負の電荷が増加していますが、6-31G**, 6-311G**ではあまり大きく変わらず、むしろ負の電荷が小さくなっています。
もし正しい電荷の値があるとしたら、どの基底関数の結果が正しいのか確かめてみたいと思います。でも正しい電荷の値って何?ああ難しいぃ!
分子の性質を語る上で、分子中の核の形式電荷はとても重要な概念です。特に無機化学や錯体化学では非常に役立ちます。高校の化学でも鉄の3価と2価のイオンの色が違うとか教わりました。計算化学でも、いくつかの方法によって原子核周辺の電荷を簡単に計算が可能です。しかしそれらは、通常無機化学や錯体化学の核電荷とは良く対応しません。とはいえ分子内の原子核の電荷は結合など、様々な相互作用の理解にとても便利です。
電荷の一番簡単な計算法としてMullikenのPopulation Analysisが広く用いられています。Table 1に水とメチルアルコールのMulliken電荷を示しました。水分子ではSTO-3Gと6-31G**と6-311G**で、酸素が負で水素が正という傾向は変わりませんが、STO-3Gと6-31G**で酸素の電荷が2倍も違うというように、電荷の値は用いる基底関数によって大きく変わります。
一方、メチルアルコール(メタノール)の場合は状況が違います。STO-3Gと6-31G**はよく似た結果を示していますが、6-311G**になると炭素原子の電荷の符号が違っています。また、水とメチルアルコールの酸素の電荷は、STO-3Gでは大きく異なり負の電荷が増加していますが、6-31G**, 6-311G**ではあまり大きく変わらず、むしろ負の電荷が小さくなっています。
もし正しい電荷の値があるとしたら、どの基底関数の結果が正しいのか確かめてみたいと思います。でも正しい電荷の値って何?ああ難しいぃ!
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